北アルプス展望
上から北アルプス展望。北方面の爺ケ岳、鹿島槍ヶ岳、五竜岳。真西の有明山。南西の常念岳。
朝夕、愛犬マーチを連れて、散歩をしている。我が家から、南に下って、しばらく進むと、広い道路に出る。その坂を下って、右手にお地蔵さんの赤い屋根の社があるあたりから、徐々に登り坂がはじまり、周囲は広大な農地が広がる。まだ一部分しか、農場として稼働していないが、やがては葡萄園が出来るということだ。朝夕とも、人の気配はほとんどない。たまに、散歩をしている人にすれ違う程度だ。町立の美術館の駐車場までが,丘の頂点になっていて、なだらかだが、登り終えると、息が弾んでいる。中山間整備事業と称して、全国の農村の耕作者が少なくなって、荒廃した農地を再整備をしようという農林省の計画に基づいて、長野県が完成させた広い農地と農地を縦横に走る立派な道路を、マイロードのようにして、犬とこの徘徊老人が占拠している。眼下に安曇野の田園風景が広がる。北に目をうつせば、大町市の先に、白い雪を抱く北葛岳、針ノ木岳、蓮華岳、爺ケ岳、鹿島槍ヶ岳、五竜岳、白馬三山などが輝いている。西北の松川村の先には、里山が続き、雪を被った常念山脈系の餓鬼岳、東沢岳、が連なり、燕岳に続く。地元の人たちの信仰の象徴、信濃富士といわれる有明山を真西に見ながら、松本平なる盆地が安曇野として南の大地に広がっているのだ。かなり民家や工場の屋根も多くなってきたが、それでものどかな田園風景が広がる。所々鎮守の森のような濃い緑の樹木が点在する。空が広い。燕岳から、さらに南に向かって大天井岳、東天井岳、横通岳、常念岳、前常念岳、蝶ケ岳に繋がっている。南のいくつもの稜線を重ねている里山たちは、墨絵のぼかしのようなもやに、包まれながら、いずれも左肩が緩やかに下がり、耕地へと下っている。あの山の西側に上高地があるのだろうと想像する。安曇野に住むようになったら、上高地にも行こうと思っていたが、いつでも行けると思うと、全く実行に移していない。まだこの安曇野の展望に見とれて飽きることがないのだ。常念山脈系の山々の先には丁度Tの字のように南アルプスの甲斐駒ヶ岳の稜線も見えると言われているが、どれがそうか僕にはわからない。180度の大パノラマが展開されているのだ。寒い朝のアルプスはその稜線を白く輪郭をはっきりさせ、その上空はあくまでも青く、時には白い雲を浮かせる。時には朝焼けで朱に染まり、時には夕焼けで白い峰々が赤く染まる。この自然の光景を見て、足下を見ると、人間の造営物のなんと横暴なことか。コンクリートの側溝を作り、ガードレールを敷き、アスファルトの道路を造る。農耕車優先の大きな看板まで、建ている。「北アルプス展望のみち」という看板も出来ている。どれもこれも、思いやり、親切なのだろうが、この親切が自然を破壊し、人の心を歪め出していることに、日本人は早く気づいて欲しいものだ。






素晴らしい景観の中、おっしゃる通りもっともっと配慮が欲しいものですね、例の「農耕車優先」の標識動かしてもいいと許可もらいましたので対面に移動しようと思っています。「展望のみち」の標識も地元の人が彫刻して立てたものらしいのですが、あの場所はちょっと、といった感じがします。看板の仕事をしていて、常に景観への配慮はしているのですが・・・・・
これからも気の付いたことどんどん教えていただきたいと思います。
来年もよろしくお願いいたします。
投稿: 寺島正治 | 2008年12月31日 (水) 13時58分
明けましておめでとうございます。コメント有り難うございました。人一人通らない道を散歩していて、思うことは、このような経済不況の中、喧噪の都会にしがみついていないで、農村へ、父母の待つ実家に帰っておいでと言いたくなることです。日本人は大きくシフトダウンをして、慎ましく、大地を耕して農業をしませんか。こんなに広い休耕地がまだたくさん残っているのですよ。日本は。金融資本主義、資本主義が終焉を迎えて、新しい経済体制が必要だと思いませんか。
投稿: marijiji | 2009年1月 2日 (金) 14時40分